ゾインとアレン
俺は所謂戦災孤児だった。国同士が勝手に起こした戦争に巻き込まれ、住んでいた農村は戦場と化し焼かれて跡形もなく、地図にすら残らなかった。幼い俺は焼けただれた家屋とまだ匂いの残る死体に埋もれて泣いていた。
俺はその時に通りかかった傭兵団に拾われた。修道院に預けられ周りの人間に助けを借りて今まで生きてきた。16になり俺はゴイェン傭兵団に志願した。俺は戦争が嫌いだ。しかし、昔の俺のような無関係の人間が苦しむのはもっと嫌いだ。ゴイェン団長のように、自らの手でそういった人たちを救えるようになりたい一心で志願した。憧れの団長と同じく自分の背丈と同じ大剣を背負って。
俺が入った頃には奴は傭兵団の頭脳と呼ばれ、血の気が多い魁や頭の固い古株まで奴を一目置いていた。数が凄まじいサウニールとの戦いではダンデリオンの起伏の激しい地形を活かした戦略で圧倒し、我がゴイェン傭兵団の名をカルフェオン各地に轟かせた。
俺はそんな奴が気に入らなかった。
アレンフラール、ここに入る事情が様々な俺たちの中で異彩を放っていた。青白い肌、光沢のある黒髪、身についた教養と気品、聞けばどこかの没落貴族の末裔だそうだ。見た目から生い立ちまで何故か俺の鼻につく野郎だ。
周りは俺達の歳が近いからか一緒に扱ってくる。アレンに俺の面倒を見させ、野営するときの天幕はいつも同じだ。
「ゾインとだとあんまり気を使わないから楽だ」
奴は俺の気持ちも微塵も理解しないようで、どれだけ冷たく接しても着いてくる。不本意ながら俺はアレンから色んなことを教わった。団の仲間のこと、俺達をよく雇う組織のこと、国と国のいざこざや、街での遊び方や容姿の整え方まで、俺が知りたいことを全て知っていた。
狩りや戦闘をするときも俺たち前衛部隊が動きやすいように支援をしてくれる。とくに狩りを任されるときは俺とアレンが組むとその日の夕飯がすこし贅沢になった。俺が獲物を指定された場所に追い込み、アレンが仕留める。団内にもこんなに息のあった二人はほかにいなかった。
そうして過ごしてるうち、いつしかアレンを気に食わないと思わなくなった。
俺たちがいっしょにいた期間は短いものだった。俺が恐れていた大規模な戦争がはじまった。ダンデリオンとラクシはどちらも長らく拮抗していたが、少し圧されていたダンデリオン側が流れの傭兵の俺たちに話を持ちかけてきた。この戦争で功を立てられればダンデリオンの騎士として雇われ、地位が保証されると。定住の地を求めていた仲間はそれに賛同、団長ゴイェンも承諾した。
「ダンデリオンの騎士になれば、寝る場所には困らない。食いっぱぐれたりしないし、結婚もできる」
アレンが提案してくれることに何も魅力を感じなかった。
「アレンはそうなりたいのか?」
「いや…提案をあの団長が飲むということは、ダンデリオンが戦争に勝つと傭兵団がなくなって必然と俺たちは騎士団に入団することになるな、と思って」
続けてきた傭兵団がなくなる…考えたことが無かった。
「俺は今までと同じがいい…」
俺はどこかへ定住するということは考えたことがなかった。今まで通り、団長と仲間と、アレンと…各地を周り剣を振るえばいいと思っていた。俺の内心を察したようにアレンが肩に腕を回す。
「一緒に新しい傭兵団作らないか?」
その提案に俺はアレンを見つめる。古びた金貨のような瞳が驚く俺をうつしていた。
「ベンゾイン傭兵団、俺は参謀」
「お前が団長じゃねえのかよ」
「俺以上に有能な参謀はいないぞ?」
近々アレンはダンデリオンとの交渉に向かう。あちら側からすると傭兵団の古参らは頭が固くて使えないらしくアレンを話し合いに連れてくるよう言ってきた。それで仕事の情報調達や仲間への伝達、軍資金のやりとりに渡るまですべてアレンが取り仕切っていた。
俺もアレンの頭の良さを認めている。傭兵団内に無くてはならない存在だった。
「騎士団なら決まった参謀役もいるだろうし」
独り言のようにつぶやくアレンに俺は
「俺も、お前がいてくれると助かる」
と、少し遅れた返事にアレンは笑みで返してくれた。

ダンデリオンは俺たち傭兵団をラクシに奪われた砦を奪還するために使うそうだ。ラクシを攻めるのに必要不可欠な、重要と呼べるほどの砦を俺たち流れの傭兵団に任せるらしい。ダンデリオンはそれほど追い込まれているのか。
勝ち目があろうがなかろうが、雇い主に言い渡されたことをやるだけだ。
朝一の早馬でダンデリオン領へ向かって行ったアレンが帰ってきたのは次の日の深夜だった。ダンデリオンとの話し合いは一日もあれば終わると聞いていたが、何かあったのだろうか。アレンは帰ってきてから身支度をして団長にだけ挨拶と報告をして天幕に籠もってしまった。俺も同じ天幕で寝泊まりをしているので夜中のうちに何があったのか聞き出そうとすると、外で体を洗ってくる、と天幕を出てしまう。どうも様子がおかしい。
流れのない湖のそばに律儀に畳まれた衣服を確認して俺も服を脱ぐ。湖に目を凝らすと月の明かりに照らされた濡れた黒髪がかかった青白い肌の背中が見えた。湖に足をつけると思った以上に冷たく、短く声が出た。
「誰だ」
振り向かずにアレンが告げた。
「ベンゾイン、あんたの弟分」
ざぶざぶと飛沫を上げて同じく腰まで浸かる位置へ移動する。こうして見ると昔はアレンのほうが背が高かったが今は同じくらいだ。
「なあ兄弟、隠し事は無しにしようや」
アレンは頭を振った。
「すまん、俺…わかったんだ、この戦い、俺たちでも勝ち目がねえって」
アレンは声を震わせて続ける。ダンデリオン領での話を俺は静かに聞いていた。
「あいつらは俺たちのこと、虫ケラ以下の存在だと思ってやがる…それが悔しくて…」
アレンの震えている肩に手を乗せる。
「兄貴がそう言うならこの戦いには勝ち目がないだろうな」
手に力を込めて、儚く消えそうな兄弟分の肩を掴む。
「それでも俺たちは戦いの手を休めない、死ぬまでだ。死ぬときは一緒だぜ、兄弟」
ゴイェン傭兵団は仲間のことを兄弟と呼び合う、俺たちは生まれた場所は違えども死に場所は等しく戦場だからだ。
「ゾイン…」
「…背中流してやるよ、兄貴」
兄弟の傷一つない背中に水を流す。冷えた体温とこわばった筋肉が柔らかくなるのを両手に感じた。肩はまだ若干震えている。ここまでアレンが追い詰められているところを見るのは初めてだった。
俺が求めた応えは返ってはこなかったが、話したくないことは話さなくてもいい、と思っている。俺はアレンを信頼しているから。
こいつは絶対に死なせない。たとえ四肢をもがれようとも守ってみせる。できればこいつの近くで変わりゆく世界を見ていたい。今までどおりに…
余計なことを考えていると両手に力が込められたようでアレンから、こすりすぎて痛い、と注意された。痛えくらいが気持ちいいだろ?と軽口叩くとアレンの顔にいつもの笑みが戻ってきたように感じる。
それから俺たちは天幕に戻り日が高くなるまでぐっすりと眠った。
何度敵と撃ち合い、相手を斬り伏せたのかわからない。ただ、俺が立っている限り死んではいないということだけがわかる。背ほどある大剣は黄色い脂と血にまみれ、斬るというより叩き潰すことしかできない。
目の前で、敵も味方もわからない人間が血まみれで倒れていく、その光景にもう何も感じなくなっていた。疲労と怪我で何度も倒れそうな体を闘志で立たせていたが限界を迎え、死体の上に倒れ込んだ。
アレン…
不意に思い出して名前をつぶやく、瞳だけ動かし背中を預けて共に戦っていた兄貴分を探す。
アレンは戦いの最中、ラクシの騎士に攫われた。俺は必死で攫った奴らを追いかけた。ラクシの騎士団鎧に見を包んだ彼らを片っ端からたたっ斬り、血路を開いたが追いつけず、今こうして死体の山の上に臥せっている。
どうして…
アレンは攫われる前に一人の騎士と会話をしていた。まるで前からお互いのことを知っていたように。アレンは抵抗していたものの、俺に危害が及んだのを見て大人しくなり自ら馬に乗り去った。ふりかえった兄弟の顔はひどく思いつめたものだった。
考えたくはない、兄弟分が裏切り者だなんて、俺は…
色々な思いが頭をかき回し、視界は徐々に狭まる。
死ぬのは一緒じゃないのか…
アレン…
目が覚めた俺はどこかの療養所にいた。親切な人たちが俺を治療してくれて自分で歩けるほどになるまで時間はかからなかった。そこで俺はラクシが戦争に勝ったこと、そしてゴイェンが死んだこと…知ったとき俺は初めて大声を出して泣いた。俺はあの戦争で沢山の親と兄弟を亡くした。
これ以降、大きな戦争に関わることはなかったが、傭兵は続けた。俺は戦場で生き、戦場で死ぬ。そう思っていた。
あいつと出会うまでは…
おわり